外国人の見た大坂の陣(1)
<大坂落城を経験した宣教師アビラ=ヒロンの
貴重な記録でつづる大坂両度の陣のすべて>
大坂落城の体験
元和一年(1615)六月十七日の午後、
平戸のイギリス商館の門前に、一人の西欧人が姿を見せた。
ボロを纏いやつれ果て、一見して落人のようななりであるのが異様であった。
その応待に出た商館長リチャード=コックスは
当日(ユリウス暦六月七日)の日誌に次のような記事をしたためた。
「午餐後、バードレ=アポナリオと名乗る
フランシスコ会の修道僧がやってきた。
この人には以前平戸で二、三度会ったことがある。
彼は大坂の城塞が陥されたときその中に居たのであるが、
幸いにもここまで逃げのびるを得た(という)。
彼は『このとおりまったく着のみ着のままです。
戦いがあまりにもあわただしく
終わってしまったものですから』と言い
『秀頼様の十二万を越えるような軍勢が
あんなにもすばやく粉砕されてしまうとは…』
と肝をつぶしていた。そしてもう手を合わさんばかりに
『何か食べるものをください。
なにぶん大坂の城塞を脱してからの十五日間というもの、
ただ窮乏の極みだったものですから』といった。
彼は食事を終え、私から(銀)板十五匁をもらうと、
すぐにその場を立ち去った」
考えて見れば不審であった。
日本にはもういないはずのカトリック司祭が、
こともあろうに大坂落城を体験して落ちのびてきたとは、
いったいどういうことなのであろう。
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