昨今ではあらゆるコミュニティが人口を欲している。
にわか、初心者を受け入れることが正義のようになっている。
大体はガチ勢の偏狭さが衰退の理由だという。
多くのコミュニティで当てはまるらしいんだが、RTAという枠組みにおいては、私は少し違う意見を持っている。
今回は「配信しながら」RTAがやりにくくなる原因をテーマにしてみました。
原因は次のものがあると思っている。
- 配信しないといけないと思っている
- 視聴者の目が肥えている
- ガチ勢基準で視聴者が叩く
- 配信自体が面白くないといけなくなっている
この記事でいう「視聴者」はRTAを見ているすべての視聴者を指しているわけではありません。
ただ、当てはまる人は意外と多いと思っています。
RTAのプレイ人口を増やすにはどうするか、という話は別の記事でまとめています。
自分のやっているRTAのゲーム人口が減っているという場合は参考になるかもしれません。
>>RTAプレイヤーを増やすために必要だと思うこと4つ
>>RTA初心者の方へ伝えたい4つのこと
本題に戻りましょう。
「配信しながら」RTAがやりにくくなる原因
配信しないといけないと思っている
これは最も伝えておきたいことなんですが、RTAは配信とセットじゃなくていいです。ライブ配信はあくまでも配信業です。
RTAはオフで1人でやっても問題ないです。
周りの走者や視聴者が全くいなくても大丈夫。
練習ではなく、本番として。
私がずっとそうやってきましたし、それは特別なことではありません。
強靭なメンタルがあるから1人で出来るわけではないのです。
RTAの本質というだけです。
配信自体結構パワーが必要です。
他の配信が見れなくなるという問題もあります。
誰かの配信を見ながら、1人でRTAをしてもいいんですよ。
視聴者の目が肥えている
配信者と視聴者がほぼ固定という小さなコミュニティでは、視聴者の目が肥えていることが多いです。ガチ勢基準で判断され、あれこれ言われるというのがつらくなったりします。
これはRTAのガチ勢かどうかというだけでなく、配信自体の上手さ面白さについても言われます。
私はこれが配信が減る大きな原因だと思っています。
視聴者の理想を押し付けられてしまうのは、結構大きな負担です。
それがRTAと関係ないところならなおさらしんどいです。
配信することそのものの難易度が上がりまくってると思っています。
レイアウトとかもそうだな。
特定の編集なんかもそうだ。
ガチ勢基準で視聴者が叩く
上と同じなんですが、ガチ勢基準で判断してカジュアルプレイヤーを叩いたりします。配信初心者も同様です。
別にガチ勢が手を下しているわけではないです。
見ている人が動くんです。
レースや順位を決めることが当たり前になったことも大きな原因だろうと思う。
戦うことを求められすぎるんだ。
プレイヤーは争う気がなくても、視聴者側に煽られるわけだ。
見ている側は楽しいが、やる側は精神をすり減らす。
配信自体が面白くないといけなくなっている
RTAというだけでは配信は上手くいかない。その人なりのおもしろポイントが必要になってくる。
大体は喋りだったり、茶番だったり失敗だったりするわけだが。
でも配信の面白さを求めるとRTAはおろそかになります。
頭が追いつかないですから。
意識が配信に傾きすぎると、得てして雑談配信になってしまいます。
かといってRTAに偏りすぎると面白くなくなっていきます。
視聴者も面白くない配信は見ませんから、人が減ります。
人が減ったら、モチベーションが下がります。
RTA配信することが負担になりすぎているんですよ。
面白く上手くワールドレコードをだせという要求のレベルが高すぎて答えられない。
完璧なものが出せなければ叩かれる。
そりゃプレイヤー減りますよ。
要求に答えられる強力な人以外は、見る側に回ったほうが楽ですから。
結局、視聴者の圧力と暴走によってガチ勢もライト勢も疲れてしまうわけです。
だからRTAの配信が減って衰退しているように見える。
配信とRTAはセットではないから、配信が減った所でRTAは死なないが。
これが私の意見です。
RTAはガチ勢のせいにはできない
ちなみに、自分の不甲斐なさを棚に上げて、上級者に責任を押し付けて逃げる人がいます。自分より上手い人が来たからやる気なくした、なんてのはRTAではまったく知ったこっちゃない。
どうやってそれを察しろというのか?
小学生ならまだしも、良い大人が言うことじゃない。
RTAは勝手にやって勝手に終われるもの。
上手かろうが下手だろうが、まったくどうでもいい。
他人を意識しすぎ、人間関係を求めすぎだ。
自分が注目されていたい、中心にいたいという、RTAとは関係ない欲望がもとにある。
だから上手い人を前にすると心が折れちゃう。
ネット上で相手にそれを察しろというのは無茶苦茶。
RTAで諦めるのをガチ勢のせいにする人はクズです。
いっそ配信を止めてみるのもあり
つらい配信なんて止めてしまえ、純粋にRTAで遊びたいなら。配信とRTAは別物、少なくともこれだけははっきり言える。
配信しないからといってRTAが消えてなくなるわけじゃない。
そもそもかなり細道の存在。望みすぎだ。
情報を共有することはいろいろな手段で出来るし、一方的に見せるだけ、見るだけでもいい。
なんなら一切見なくてもいい。
RTAをするのにコミュニティに属する必要はない。
独立して良い。
RTAのガチ勢と初心者は敵対する関係ではない
RTAコミュニティに対するそれぞれの役割がある。カジュアル層は人気のもととなるプレイ人口として。
もちろんゲームを楽しむというだけで終わっていい。
ガチ勢は指導者やガイド作成者、グリッチハンター、憧れの存在として。
お互いもっとリスペクトしていいし、存在を認めていい。
1人でやっているプレイヤーが自分の存在を認めてもらうには、まず周りの存在を認めなければならない。
周りがどんなプレイヤーであってもです。
というかほどんどのRTA上級者も、ゲームが変われば完全初心者なんだが。
ただ、門戸を広げたり導いたり空気を読んだり優しくしたり、上級者のほうが負担が大きくなりやすい。
初心者はどのコミュニティであれ、導いてくれる人には感謝をしたほうがいい。
自分より上手い人がいるから嫌になった、とか子どもかと。
自分より優秀な人ばかりだぞ、この世の中。
とにかく初心者を楽しませろ!上級者は負担しろ!というのもかなりヒドイ話。
初心者は初心者らしい振る舞いと優しさを持たなければならない。
人口を増やしたいばかりに、初心者や素人に媚びすぎている傾向にある。
いずれは無個性になって当たり障りのないつまらないものになる。
初心者を受け入れるだけでなく、初心者の増長に注意する必要がある。
ただRTAではお互いに関わることはほとんどないし、それでも構わないという特徴がある。
配信をしてコミュニティに属したり、イベントに出て横のつながりが強くならない限りは。
最近は大きいイベントが各地で行われているので、繋がる傾向が強くなってるけどね。
RTAでは対立を煽る勢力に踊らされてはならない
プレイヤーは必ず壁にぶつかり、自分より上がいることを骨身にしみてわかっている。RTAではプレイしない口だけのモンスターを、初心者、にわか、カジュアルとは言わない。
彼らはRTAにおける壁や納得や満足や達成の存在を知らない。
見ているだけではRTAを知ることはできない。
どれだけ下手でも初心者でもプレイできる。
つまりRTA初心者はプレイヤーを指す。
視聴者ではない。
RTAは多くのスポーツや格ゲーとは違い、己自身、たった1人のみですべて完結できる。
これが最大の特徴なんだ。
全く情報がなくても自分でプレイして研究できる。
その程度は当然プレイヤーによって違うが、比較しようがない。
1人なんだから。
満足したらそれで終わりというだけだ。
どこまでやるかは自分で決める。
なにかに参加するもしないも自分で決める。
他人が入る余地がない。
本来誰とも対立する必要がないし、そんな形にはならない。
もっといえば、普及させる必要さえない。
1人ならコミュニティも衰退もなにもない。
普及というのはRTAを使って人間関係を欲しているからこその行動なんだ。
私はRTAプレイヤーの助けになりたい
もし運営がコミュニティの存在を優先した結果、切り捨てられた、置いていかれたと感じるRTAプレイヤーがいるならどうかここに来てほしい。たどり着くことを願っている。
なにか助けになるかもしれない。
どんな場所であれ、私はこの、コミュニティ運営側による、特定の人たちを「捨てる」「置いていく」という表現が本当に嫌いだ。
その判断がどれだけ心苦しかろうとも、あまりに残酷だ。
生きる場所を教えてやるべきだ。
だが普通はそこまで面倒は見ない。
乗れないなら残念ですが野垂れ死んでください、だ。
特にそれがRTAで記録を出してきたプレイヤーが対象ならなおさら悲しい。
RTAという枠組みであれば、どんな人でもプレイできる。
「1人でできる」「自分を見つめる」という本質を忘れなければ、つらい思いをしなくなる。
最後に
結構感情的になったので、予想以上にかなり長い記事なってしまった。もし競争や配信がつらいなら私のように1人でやればいいし、競争したいなら場所を少しは教えてあげられる。
初心者には初心者のためにイベントがあり、上級者には上級者のための研究会があっていいのだ。
初心者お断りが悪なわけじゃない。
あらゆるものを初心者向けにすればいいってわけじゃない。
それでは成長しないし、だれも指導者になれない。
初心者もガチ勢もお互いを拒絶する必要はない。
プレイヤーがプレイヤーを叩いてはいけない。
視聴者基準で動いてはいけない。
コミュニティそれぞれの方向性は考える必要があるが、RTAという大きな枠の一部だと考えれば恐れることは何もない。
向いている方向が違うなら、そちら側を担当すればいいだけのこと。
捨てられたり置いていかれることなんてない。
あっちのようにウケが・・・そっちのように技術が・・・と比較しないほうがいい。
画一的にならず、もっと自由に個性を持ってRTAをしていい。
イベントや企画も同じ。
ひとまとめに動く必要はない。
このブログでは、初心者にはRTAのガイドや1人でRTAをする心得を、上級者には頭を切り替えられるような情報を残せるようにします。
10年以上ほとんどの時間を1人でやってきた私だからこそ、伝えられることがあると思っています。
おそらく、今RTAをやっている人たちとは少し違うものが手に入ると思う。
私とは相容れない考えの人もいるだろうが、今はそういう人が生きていく場所がたっぷり与えられているから、安心してほしい。
ここではない場所に行くといい。
0 件のコメント:
コメントを投稿